最年少だった彼の話。
クリスマスに、どうやら新たな1歩を踏み出せたようなので、わたしも気持ちの整理のために書いておく。
彼が無期限活動休止という形で、わたしの前から姿を消したときのことは今でも割と鮮明に思い出せるんだ。
と、いうのも、わたし『失って気付く』残念な人間だから、あのときもそうだったんだよね。
当時、わたしにはじゃんぷに対するグループ愛はないと思ってた。もちろん、じゃんぷのことは好きだけど、あくまで、やまだくんありきだと思っていたから。
引き合いに出してしまうのもあれなんだけども、わたしKATーTUNというグループがすごく好きで。メンバー全員ほんとに大好きだった。だから、その気持ちをじゃんぷにも持ってるかって言ったら、そうじゃなかったから。もちろん、悲しかったしツラかったしバカ野郎って怒りたくもなったし、1番は「戻ってきてほしい」だったけど、赤西くんを失ったときの衝撃に比べてしまったら、正直そこまでのダメージではないかな、って思ってた。経験としては2回目で、冷静だったのもあるかもしれない。
直後にあったSUMMARYの初日にご縁があって行けることになったときも、すごく観るのがこわくて不安だったけど、どこか冷静に振りの立ち位置どうすんだろ、とか、べすとせぶんの曲はどうすんだろ、って思ったりしてた。実際、ペアで組むような振りはなくなってたし、べすととせぶんで分かれるような演出はなかった。それで、ちょっと安心したところがあったと思う。
「10」と「5」だったのを、「9」と「4」になってしまったという実感がそこまで実感させられる瞬間がなかったから。
でも、その年の冬のコンサートで、最初からなんだかずっと違和感があって、自分の中でモヤモヤが取れなくて、心から楽しめない自分に動揺して。
せぶんコーナーで「4」人のステージをぼんやり眺めながら、改めて“いない”んだと。
せぶんコーナー終わり、べすとコーナーに切り替わる演出は、今でも忘れられない。「4」人だったシルエットが「5」人に変わった、あの瞬間。
今までで感じたことのない喪失感だった。それと、同時に湧き出てきた「5」人であるべすとに対する嫉妬。それが「当たり前」なのに。
たまたまそのときが横浜アリーナのセンター席の花道横とかいうすごくいい席で、一緒に行ったべすと担越しにべすとを見てた。すごく眩しかった。羨ましかった。もう込み上げるものが抑えきれなくて涙が止まらなかった。ボロボロ泣いて、邪魔しちゃいけないと思って、バレないようにしようと思ったんだけど、べすとコーナー終わりに、こっちを向いた薮担にバレてしまって、瞬時になんで泣いてるのか察した薮担も泣いてしまって、その瞬間、声上げて泣いた。両手に持ってたうちわも放り投げて。その場にうずくまって「なんで、べすとは5人いるのに、せぶんは4人しかいないの!?」って泣き叫んだ。本当にわんわん泣いてしまったから、周りにいた人はビックリしたと思う。自分でもこんな子供みたいな泣き方する!?ってビックリするぐらい。でも、止められなかった。
そのときに気付いてしまったんだよね。わたしはもうすっかり「10」人のHey!Say!JUMPと「5」人のHey!Say!7が大好きになっていたんだ、って。本当に気付くのが遅かったなぁって、今でも思う。
でも、そのときに薮担が泣きながらも「今、頑張ってる山田のこと、ちゃんと見ろ!」って怒ってくれて、立ち上がらせてくれて、泣きながらやまだくんのこと見た。そのとき涙目で見たやまだくんのダンスが本当にキレイで、心の中で「ごめんね」って謝ったな。
それからは、やっぱり戻ってきてくれることを望んでいたよ。でも、彼の人生だし、彼の好きなように生きていければいいな、とも思ってた。
最近、また昔の映像を見る機会とかがあって、やっぱり10人のじゃんぷも好きだな~って思ったし、彼のダンスは本当にカッコよかったから、またパフォーマンスできる機会があればいいなぁ、とも思ってて。
じゃんぷの初のメンバー紹介曲に入った数字は「9」で、わかってはいたければ、ちょっとだけ切なかった。